帰省していた子供達が自分の家へ帰っていきました。
年を重ねることで思うのは…
その言葉を知っていても伝えることが出来ない。
そんな環境で育った人であっても内側ではちゃんと温かい思いを持っている。
けれどただ、表現できないだけ。
その出来ない自分にもどかしさを感じていたであろうということ。
けれどそれは…その人の問題であって子供には関係ないこと。
子供には関係なくとも
親にも子にも、もどかしさと苦しさがそこに在り続ける。
これはやはり悲しいことだなと思うのです。
何より
子供には全く関係ないのだから…
毎回帰る前に
「忘れ物は大丈夫?」
と聞くのですが…
必ず何か置いていきます😂
駅まで送って帰った後
キッチンに直前まで飲んでいた
マグカップをちゃんと洗って
置いてあるのを見ると
確かにさっきまであの子は
ここに居たなぁ〜
と思う金曜日夕方でした。
親ってややこしい生き物だと思います。
(自分的に)
親からの負の継承を
一つ一つ放牧する度に
今度は自分の親の複雑な気持ちも感じられる。
そして次の課題が
その感じている親の気持ちを
自分の色に塗り直す作業になる。
容易くいく場合もあるし
まだそこに何か箔のようなものがあると
そこを見ていくことになる。
ちょっと、言葉にうまくできないのですが、私の場合はそう感じている。
この作業が親と私の境界線が
さっきより今
の方が「丈夫」になっていく。
まぁ、私の親は愛し方が
自己的でド下手だったことは
間違いない。
そして私は
ド下手
ではなく
下手
くらいには成長したと思っている🤣
コメント