はじめに:回復の途中で起きやすい“落とし穴”
個人が自分を回復させていく過程で
多くの方が一度はつまずきやすいポイントがあります。
それは
「理解を深めようとすること」と「線引きをすること」 の順番です。
今日は、回復の途中で起きやすい「落とし穴」を可視化しながら
私自身の体験も交えてお伝えしたいと思います。
※あくまで一例ですので、参考程度にお読みください。
この記事は先日Facebookでこんな記事を投稿した時に
芋ずる式に出てきた記事でもあります。
この投稿ともリンクします。
2026年1月27日Facebook記事↓
理解は後からついてくるもの
結論から書くと
理解は後からついてくるもので
線引きは先に必要なもの
だと私は考えています。(全てにおいて…ではないですよ。)
例えば、境界線の曖昧さが慢性的だった人が回復のプロセスに入ると
まず起きやすいのがこんな気づきです。
・自分はこれまで人の時間を奪ってきたのではないか?
・相手を尊重してこなかったのではないか?
この気づき自体は、とても大切なものです。
けど、その先で
相手を大切にしすぎて自分を後回しにし続ける状態。
…に入ってしまうことがあります。
これは回復の失敗ではなく
多くの人が通る「一つの段階」だと感じています。
境界線がなかった、もしくは余りにも曖昧な家庭で育つということ
私自身、今振り返ると
境界線がほとんどない家庭で育ったと思っています。
距離が近く、それを「親子の愛情」だと思い込まされて育った。
親自身も、同じような環境で育っていたのだと思います。
その中で感じていた違和感や苦しさを
見ないようにして大人になりました。
そして結婚し、子供が授かって
自然と自分の「ものさし」を子どもにも当てはめていきます。
よく言う「子供は自分が育てられたようにしか育てられない。」
誰もが起きても不思議ではないことです。
子どもを通して、自分の過去に気づく。
子育てをしている中で
子供達の姿に、過去の自分を見るようになりました。
「これは私と親との関係と同じだ」
そう感じたことが
私がカウンセリングと出会うきっかけでした。
ケアを進める中で、
抑えてきた感情が少しずつ表に出てきます。
出すことは怖かったですが(今まで抑えていた感情ですからね。)
出した後の感覚は想像以上に楽なものでした。
回復の途中で出会った「落とし穴」
ケアが進むにつれて気づいたのが
・境界線がとても曖昧だったこと
・子供を守ろうとする思いが強すぎたこと
特に子供の時間を奪ってきたかもしれないという罪悪感から
今度は相手の(相手が誰であっても)時間を最優先にするようになっていきました。
「悪いけど○○お願いできる?」「申し訳ないけど○○してくれる?」
一見、相手を尊重しているようで
これは自分を後回しにし続ける構造を作ってしまいます。
その結果
関係性は対等ではなくなっていくことがあります。
(このものの言い方は仕事するうえで円滑に進める為に
時には必要な場合もあるでしょうけれど…時と場合の使い分けですね。)
習慣化された関係性は、簡単には変わらない。
人は育った環境の影響を強く受けます。
例えば、
・母親がすべてを担い続ける家庭
・父親がそれを当然としている家庭
そこで育てば
それが「当たり前」になります。
問題は、それが苦しくなったときです。
「もう我慢の限界だ。これ以上は自分に無理させたくない。」
そう思って話し合いをして
お互いこれからはこうしていこう。
そう決めたとしても
一度できた習慣は、
話し合いだけではなかなか変わりません。
都合の悪い側ほど、
無意識に元に戻ろうとします。
ここに来るまでに
自分が育った親子関係から大人になって夫婦関係に影響が出てくる。
でも
それまでに友人関係や仕事関係での人間関係でもサインは出ていたと思われます。)
だから「線引きが先」になる。理解は後からついてきます。
だから冒頭にも書いたように
・線引きが先。
・理解は後からついてきます。
でも、この構造を頭で理解しようとするだけでは
実際の行動はなかなか難しいと思います。
本当にそれで大丈夫なのか?
という不安が、先に立ってしまうからね。
けど、(やってみなくちゃ分からないこともある。)
先に線引きをしてみる。
最初は些細なことからで良いんです。
小さく、でも
「ここまでが自分の時間」
「これは今は引き受けない」
そんな線を、行動として引いてみる。
(相手に合わせることを少しやめてみるとかね。)
そうして初めて
・自分がどれほど無理をしていたのか
・相手との距離感がどう変わるのか
・自分の中にどんな感情が湧いてくるのか
が、頭ではなく体感として分かってくることがあります。
多分最初は色んな感情が上がってくると思います。
例えば「罪悪感」
その罪悪感はあなたのものではありませんからね。
何故、罪悪感が上がってきたのか?それを丁寧に見ていく。)
頭で理解できた→行動できる。これは難しい。
けど
些細なことから行動してみた→その結果として
「これでよかったんだ」と理解が追いついてくる。
線引きは、誰かを拒絶するためのものではなく
自分を守るための試みだと思ってみてください。
その経験を重ねる中で
少しずつ納得や安心が育っていく。
私は、そんな回復のプロセスがあると感じています。
線引きを続けた先に、関係性の変化が起きる。
夫婦カウンセリングの現場でも
・何度も声を上げてきた
・でも聞き入れてもらえなかった
そんな叫びを聞くことがあります。
ケアを受けながら線引きを続けていくことで
関係性が変わっていくケースは確かにあります。
ただし
最初に期待していた形とは違う変化になる場合もある。
というのも事実です。
それは
一方が我慢し続ける関係に戻るということではなく
お互いを尊重した上で話し合える関係へと移行していく。
そのプロセスを踏まれた結果なのだと私は感じています。
最初に夫婦カウンセリングに来られたお二人が
強い対立関係にある場合でも、
その奥には
「分かってほしい」という気持ちが
お互いに残っていることが少なくありません。
けれど
その思いを出せないまま関係が続くことで、
本音を抑え
自分を取り繕い
意地を張り(弱さを見せることは困難なことだからね。)
さらにこじれてしまう。
ケアを通して
そこに気づき
少しずつ緩んでいく中で
「無理をした自分でいなくていい」
そう感じられるようになると
相手の存在も、初めて現実的に見えてくることがあります。
色眼鏡のフィルターを外した状態ですね。
その結果として
お互いを尊重しながら話し合える関係へと
変わっていく。
だからこそ
最初に思い描いていた形とは違っても
関係が「より楽なもの」へと変化していくことがあるのだと
私は感じています。
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それぞれだけど
カウンセラーは常にクライエントさんの「今」に注目し
心と思考の一致を大事にしております。
参考になれば幸いです。


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