― 分かったのに動けないとき、線引きは一人でやらなくていい ―
前回のブログでは
「理解は後からついてくるもので、線引きは先に必要になる」
という回復の流れについてお伝えしました。
今回はその続きとして
私自身が回復の途中でつまずいた体験から
「分かったのに動けない状態の時」について、もう少し丁寧に書いてみたいと思います。
カウンセリングの現場では、
「なぜ、そう感じるのか」
「その反応は、どこから来ているのか」
…に焦点を当て
カウンセラーの伴走のもと
その起源を一緒に見つけていく作業をすることが多くあります。
そして、その起源に本人が辿り着いたとき
「なぁ~んだ!そうだったのか!」
と、まるで憑き物が落ちたような感覚になり
楽になっていかれる方も結構おられます。
理解が深まることで、自然と行動が変わっていく。
それは確かに、大切な回復の形です。
ただ、少し厄介なケースもあります。
その憑き物の正体が見えたとしても
あまりにも強烈な体験や、度重なる繰り返される出来事が背景にあることで
・分かったけれど、動けない
・怖くて身動きが取れない
という状態に留まってしまうことがあるんです。
(内容によりますが…)
そうした場合には、まず行動から――
つまり「線引き」から、
カウンセラーの伴走のもと、慎重に試していくことがあります。
今回お伝えする内容は
まさにそうしたケースの一つです。
ここからは、私自身の体験をもとに書いていきます。
すべての方に当てはまる話ではありませんので
あくまで一つの参考として読んでいただけたらと思います
分かったのに動けない、という壁
境界線という言葉を知り
「線引きが大切なんだ」と頭では理解できていた時期がありました。
それなのに
理解できているはずなのに、うまく行動できない自分を
私は責め続けていました。
やってみようとすると怖くなる。
罪悪感が湧いてきて、結局また相手を優先してしまう。
「私は、何も変われていないんじゃないか」
そんなふうに感じていた時期です。
今振り返ると
「理解してから動こう」としていたこと自体が
私にとってはハードルを上げていたのだと思います。
線引きをしたら、相手にどう思われるのか?
関係が壊れてしまうのではないか?
その不安を抱えたまま
確信が持てるまで動けずにいました。
分かったけれど動けない。
怖くて身動きが取れない。
中には
「だから何?」
「分かってもできないんだよ!」
「そんな人は、どないせーと?」
そんな怒りが湧いてくることもありました。
そして同時に
「こんな自分は、誰からも助けてもらえないのではないか?」
「助けようがない人として扱われるのではないか?」
そんな不安が強まり
さらに自分を追い込んでいったのです。
線引きは、一人でやらなくていい
けれど実際には
線引きを「完璧に理解してから」行動できたことはありませんでした。
小さく距離を取ってみる。
無理なことを一つ断ってみる。
自分の疲れに気づいて、今日は引くと決める。
そうした一つ一つの行動を通して
あとから少しずつ
「これは、自分を守るためだったんだ」
…と腑に落ちていったのです。
自信があったからできたのではなく
やってみたことで、ようやく自分の感覚を信じられるようになった。
私にとっての回復は、そういう順番でした。
そして大切だったのは
それを「一人でやらなかった」ということです。
線引きすることは
無理して動くことではありません。
カウンセラーという伴走者がいて
動くたびに湧いてくる感情を、とことん聞いてもらいながら
「それでも大丈夫だよ」
「一緒にいるよ」
「少しだけ、無理のないところからやってみようか」
「今日はここまでにして、休もうね」
そんな関わりの中で
少しずつ進んでいくものだと私は感じています。
夫婦カウンセリングの現場でも
・何度も声を上げてきた
・でも聞き入れてもらえなかった
そんな叫びを聞くことがあります。
ケアを受けながら線引きを続けていくことで
関係性が変わっていくケースは確かにあります。
ただし
最初に期待していた形とは違う場合もある。
というのも事実です。
それは失敗ではなく
お互いを尊重した上で話し合える関係へと移行していく。
そのプロセスを踏んでこられた結果なのだと…
私は感じています。
分かったのに動けないと感じているとき
そこは「遅れている場所」ではありません。
回復の途中で、立ち止まっている場所です。
そして
ここに居ても ええんやで。
私は、そう思っています。
本日の音声配信 stand,fm
カウンセリングにクライエントさんが来られる時の目的は
それぞれだけど
カウンセラーは常にクライエントさんの「今」に注目し
心と思考の一致を大事にしております。
参考になれば幸いです。


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