人を傷つける行動には、ある共通点がある
いじめ、モラハラ、DV、誹謗中傷など。
人間関係の問題には、「力の差」を利用した関係が隠れていることがあります。
いいえ、隠れていると私は思っています。
自分は確実に安全な場所にいて
相手は反撃しにくい立場にいる。
その非対称な関係の中で、力が一方的に使われる。
それは一見、相手を打ち負かしているように見えるかもしれない。
でも私は、それは
「自分の価値を落とす力の使い方」だと思っています。
それは、相手を傷つけているようでいて、
同時に自分自身の価値も静かに削っている。
力は、本来、
人を守ることにも使えるし
人を傷つけることにも使えるもの。
そしてその使い方には
その人のあり方や品性が、静かに表れてしまう。
実は私自身(これはアメブロ時代に書いたことがあったと思いますが…)
「怒りのカウンセラー」と呼ばれていたことがあります(笑)
・弱い立場の人が傷つけられる場面。
・一方的な攻撃(誹謗中傷など)。
自分の姿は晒すことなく、やりたい放題。
そういった暴力に、強く反応していました。
昨日のSNSでも少し触れたのですが…
私の場合は、
子供の頃、クラスメートを守れなかった自分。
高圧的な態度や言葉、そして暴力で女を従わせていた男に対して
怒りは感じながらも恐怖で固まり、何もできなかった自分。
そんな過去の経験が、ふとした時に湧き上がる怒りの感情と深く繋がっていました。
まぁ、心理的背景によくある心の動きではあるのですが
自分のこととなると、カウンセラーであっても
スーパーバイズを受けないと見えてこないことがあります。
怒りの奥にあるものは、人それぞれ違うと思います。
そして今でも、私は
誹謗中傷や男女差別、年齢差別、職業差別といったものに
怒りは感じます。
ですが、その怒りは
血の気の多いものではなく
静かな怒りへと変化していきました。
だからこそ、今思うのです。
力は、
誰かを支配するためではなく
・誰かの自由を守るために使うこともできる。
・誰かの権利を守るために使うこともできる。
・誰かの思いや心を守るために使うこともできる。
・誰かの未来に灯火を当てるために使うこともできる。
もっと分かりやすく言うなら
美味しい料理を振る舞うために、切れ味のいい包丁を使えば
誰かのお腹を満たし、笑顔にすることができる。
でも同じ包丁でも、使い方を間違えば、
とんでもないことにもなる。
私たちは誰でも、何らかの「力」を持っています。
その力を、どう使うのか。
それは、
自分がどんな人でありたいかを選ぶことができるということでもあります。
怒りの奥にあるものに気づいたとき
その力の向け方も、少しずつ変わっていくのかもしれません。
そしてもし今、
高圧的な関わりや、モラハラ、誹謗中傷、セクハラといった形で
苦しさを感じている方がいるなら。
その関係の中で感じている違和感や苦しさは
決してあなたの問題だけではありません。
力の使い方が一方的に偏っているとき
人は傷ついて当然です。
どうか、自分の感覚をなかったことにしないでください。
あなたの尊厳や心は、
守られていいものです。
執筆:家族関係の心理カウンセラー 藤田侑杏恵(プロフィールはこちら)
本日の音声配信 stand,fm
本日も脱線しながらの配信となりました。
是非音声配信も聴いてみてくださいね。
カウンセリングにクライエントさんが来られる時の目的は
それぞれだけど
カウンセラーは常にクライエントさんの「今」に注目し
心と思考の一致を大事にしております。
参考になれば幸いです。
※音声配信は脱線しながらブログを読み上げて語っておりますが
ブログ記事は後日加筆修正されることがあります。



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