過去の54年振り返ってみて…
保育園の頃
これはあくまでも私の場合であり、そして毎月一回、第一土曜日10時30分からの
「発達障害四方山話オンラインカフェ」でも参加者さんからお聞きして
重なった部分も織り交ぜて…のお話ですが…
会話ではなく「説明」を理解することが困難でした。
頭の中には日本語として入ってはくるのですが、それが何を言うてるのか???
まるで暗号を話されてる感じで…
私、背が小さいのでいつも一番前で「トントンシュ!」ってやってたんですよね。
保育園の頃、運動会の練習で担任から説明受けていたと思うのですが…記憶がない💦
とりあえず行進の曲が流れてきたので歩く。
そしたら説明受けた通りに歩けていなかったんでしょうね
担任が慌てて走ってきて、私の手を取って「ここにくるんだよ」と教えてくれました。
頭の中で理解するのが今思えば難しかった。
実際、運動会は別の広い市営グランドを借りてやったんです。
さぁ〜困ったよ。
もう、迷子です。
園庭では覚えた。
だけどあの通りにここではできないじゃない。
ねぇ?ってなりました。
だから、地図を見ても知らない土地では分からんし渋滞してるからと回避されたらパニックになる。
よく知ってる土地でなら、「今ここだから…あの辺ね。」ってわかるけど
全く知らない土地で目的地までの道だけ何回もかけて覚えて走ってる最中に
カーナビ君が渋滞回避しようとしても私は絶対その道は走らない😂
狭い道とか走られたらパニックになってどうしようもなくなるし
多分車どこかで擦ったりしそう。
無理無理💦
だけど普通の人はだいたい理解できるみたいで…
何人かの友人達とどこかに出かけていて…例えば旅行しててね
観光するのにパンフレットとか手に持ってさ、、、
で、「ここ行こう!」「あそこも行こう!」ってな。
友人達は地図見てちゃんと辿り着く。
なぜ???
ってなる。
(一般的に女性は地図がうまく見れなくてクルクル回しながら見る人が多い。らしい。
だけど私はクルクル回しても見れない。)
私には何故ああいう風に地図を見て歩けないんだろうか。
ずっと思ってました。
何故、皆んなはクルクル回しながらでも地図を見て歩けるんだろう…
一人で出掛けないといけなくなった時、私は記憶できる範囲しか動けなかった。
背が小さい幼い子供にはよくあることだけれど
私はもう大人なのに、大人になってもあの角を曲がった時点で
右も左も全く分からなくなってしまう。
だから、真っ直ぐ、曲がったらメモして角に何があったか景色を書いておく。
曲がるのは数回。
それ以上曲がったらもう駐車場まで自力で戻れない。
何で出来へんねん。何で分からんねん。これは禁句です。
私の子供達は二人とも出掛けていても知らない所でもスマホで歩けるのに
私はいまだにそれができない。
そして、いつもそんな私を知ってるから私が知らない所へ行くときは
時間を合わせてくれて一緒に出掛けてくれて一緒にスマホで目的地まで連れて行ってくれる。
これは私の特性を知ってくれているからであり
決して「なんでオカンはできへんねん」とは言わない。
こんなささやかな配慮でさえ、私には無茶苦茶有難いと感じる。
なんで出来へんねん。
この言葉は私には心をギザギザに切り刻まれるような痛みを伴う言葉だから。
それを言わずにいてくれることが何にも変え難い有難いことなのです。
出来ないことを本人も周りも認めることがまず最初の一歩
だから発達障害に限らず、出来ないことは誰だってある。
脳の障害なら、なおのこと。
工夫がいる。
この工夫を本人が自分で見つけないといけない。
これ相当時間がかかります。
代わりに残っている機能を総動員して
あれこれ繰り返し検証して使えるようになるまでランニングコストかかって当たり前です。
だからどうか、その工夫を確立するまで暖かく見守ってほしい。
私はそう思います。
カウンセリングを受けようと行動を起こすには それ相当の勇気が必要だと思います。 その勇気、私は歓迎いたします。(^^) Facebookではプライベートも呟いております。 藤田侑杏恵Facebook |
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