親子・夫婦・人間関係・嘘をつく問題行動

嘘をつくことが問題なのか?違います。その背景です。

私は子供の頃(小学一年か二年生の頃やったかな…)
風邪を引いたことにして学校をズル休みしたんです。
そのことをすっかり忘れて翌日学校へ行った時に、ついうっかり
「昨日自転車乗って…」と話してしまい
クラスメートに攻められた記憶があります。

「嘘つきはドロボーの始まり」だと。

ですが私は
『嘘はいけないことなんだろうけど
そんなに悪いことだとは思っていなかった。』

なぜなら母が近所の人達とおしゃべりしている時に
事実ではないことを言っていて
その時に私が
「え?〇〇はそんなこと言うてなかったよ?」
と言った瞬間
おばさまたちと母が凍りついたように止まったことがあって

帰宅してから母に「大人が話している時は子供は黙っていなさい。」

とキツく言われました。

だから、嘘をつくことは悪いことだなんてちっとも思わなくなった。

『あ〜そうなんだ〜嘘ついてもいいんだ〜。
だって親が子供の目の前で嘘ついても黙っておけって言うんだから〜。』


って思いました。

小学一年生の私に「嘘も方便」とか「社交辞令」とか
そんなの理解できるわけじないじゃんね。

だから「嘘つきはドロボーの始まり」って言われても
私の母が私に直接「嘘をついても良いんだ」って教えたようなものなわけでっっw

もう私にとって最高に権威と権力を持ったような人から伝えられた言葉が絶対なわけで
道徳の時間に「嘘をついてはいけません。」っていう内容を教えられても

そんなもの入ってくるわけないない!!!

発達障害ADHD/ASD

その時すでに私は発達障害ADHD/ASDの傾向はあったと思いますが…
ADHDの特性として
見たままを信じ
聞いたままを信じる傾向がある。(皆が皆ではないと思います。私の診断結果から。)
だから文章で同じこと言うてるんだけど言葉を変えていくつか書いてあると
それだけで混乱し理解するのに時間がかかる。

そして頑なに自分が信じる人から与えられた情報だけを信頼する。

もう今は50超えてるのでそんなことはないけれど(発達さんもゆっくり発達はするので。)
でもやっぱり一瞬「ん?」ってなるよね。

例えばNLPという心理学用語で「ラポール」って言葉があるんですけど
これ日本語にすると「信頼関係」ってなるんですね。
それを受講してる時に「ラポール」って言葉を先生が何度となく使うわけ。

何故日本語で授業できやんのか?

とイライラした。
私の頭の中で一々「ラポール」って言葉を聞かされるたびに
ラポールって言葉を脳に一度入れてから「ラポールだから、え〜っと、あ、信頼関係やな。」
このタイムラグしんどかったですね。

他にもNLP用語でカタカナの言葉が出てきてほんまに困った!

…話がそれました。


私には嘘についてこんな背景があるわけです。

そして先日、私の先生(難波先生)がこんなことツイッターで言うてたので
その言葉を借りて引用投稿しました。

親も表面だけで判断するから子供は傷つく。

難波先生の言うてる「当事者の経験的に積み重ねてきたのは何だったのかを…」
ここ、ホンマによく見てほしいと願う。
私はこれを親にしてもらいたかったと思う。

私の母親はいつもビクビク・オドオドしていて父親に物凄く気を遣ってましたね。
だから、その場を取り繕うことしか頭になくて
嘘をつく必要がないところでも嘘を言うてまう。

「あ〜今必死やな。」っていうのが子供の私にも見てるだけで伝わってくる。

ちょっと息抜きに仕事中、友人のところでおしゃべりしてきたんやろう。
帰宅が遅くなった母に父がすごく攻めたことがあった。
(ホンマにそうやったかは知らんけど
母には父に対して何か後ろめたさがあるから嘘で誤魔化そうとする。)

母はここまで何故時間がかかり遅くなったのかを
どうやって帰って来たか道を説明するけれど
どう考えてもそんな時間はかかるはずがない。

嘘だと言うことはバレバレなんです。

でも嘘を言う。

母は時間を読むのを間違ったんですね。
いつもなら、もう少し遅く父が帰宅するからまだ大丈夫やろうと。
でもその日、父が帰宅した時間は、いつも以上に早かった。

母は正直に「友人のところへ行っておしゃべりしてきた。」
なんて言ってはいけないって思い込んでいる。
っていうか、多分そんなこと言ったら父は気分を悪くする。
(母も父の行動を制限しているところもあったから、お互い様なんやけど。)

父からすれば「仕事して帰ってきてるのにご飯ができていない。」
ということにも腹が立つ。

いやいや、母だって一緒に仕事してるじゃん。

今の時代なら言えたよね。

うちは商売人なんですが、7割は父が大事な商品の発注とかも担っていたと思うけど
母だって3割はしっかりやって、家事も育児もやってたんだよ。

でも、古き良き?昭和時代の家長制度は我が家にしっかりあった。

父は終戦後、高校行きたくてもお金無くて
受験合格したのにいけなかった悔しさから自分が市場で働いて
下の兄弟3人の授業料稼いで高校を卒業させたと聞いたことがある。
(戦後、幼かった人は似たような経験されてる方も多いかもですね。)

「働くことはちっとも苦じゃない。
働けること、仕事があることをありがたいと思う。」
そんなこと言うていたのを覚えている。
そういう時代に育っている。
仕事がなければ食べてはいけないからね。

父の背景にも苦労があって
母の背景は、そんな父の苦労からくる力に抑圧されて
(父の中にある自分が長男であることや親や世の中に対する内包して募らせた感情、諸々な。)
怒らせないように、機嫌を悪くしないように
気を遣っての「嘘」なんですね。
そしてその嘘でうまく行った試しはほとんどない。
母にも母の背景がある。(ここでは長くなるから書かんけど。)

そしてそんな母をずっと見てきた子供が私です。


私には上に兄弟姉妹がいるんですけど
その兄弟姉妹が私に理不尽なことをしてきても
私は言葉で伝える術がなかったので(4っつ離れてるので語彙力も断然違うしな)
何か大事なものを隠してやったりして困らせてました。

そしたらそれを上は親に言い付けますよね。

で、常に私が叱られるっていう構図です。

そこに私が何故そういう行動をしたのかなんて言える空気はないのでっっw

それでも私は繰り返し
後で叱られると分かっていても同じことをやってました。

親は一度でも
『私がそういう行動をするには何か理由があるんじゃないか?』
『その理由を言いやすい環境を作れてやっていないのではないか?』

っていうところまでは降りては来なかったので
こうして子供は傷ついていくわけですね。

私がいつも言う「その子供に責任はありません。」っていうのはそこからです。

どう考えたって、その年齢の子供に「自己責任」なんて言葉は使ってはいけないし
カウンセラーは安心安全の環境設定と
それが例え事実ではなかったとしても
その人にとっての真実であることに間違いはなく
その人の人生を丸ごと受け止め
その人の人生を無理やり良かったものとするのではなく
今この瞬間を生きる続きとして未来に繋がるサポートが大事だと思うんです。

その人がそうなったのには
その人にしか分からない背景があって
そこを見ずに受け止めずに
表面だけ見て抑えつけて自分を偽らせて生きさせるようなことはあってはならない。

まずは丸ごと愛することからだと私は思っています。


難波先生の投稿と意図がずれているかもしれませんが
カウンセリングで私が大事に思うこととリンクしたのでお借りしました。

誰かがどう思うかなんて見なくて良いです。
自分がその時
どう感じ
どう思い
どうしたかったのか。

そこ無視して問題行動を直させるなんてことは
残酷なことです。
私はそう思います。

そしてそこ、当事者も無自覚だったり無意識だったりします。

そこまで追い詰められていたら
なかなか感じにくいとも思います。

でも自分で気がつけた時
自分で自分のあの時の思いや気持ちを感じられ、言葉にできた時
あたたかい涙が溢れるのではないでしょうか?

やっと知ってもらえた。
やっと見つけてもらえた。
やっと気がついてもらえた。

自分が自分の存在を認めてもらえた瞬間だからね。

そして本当は親に一番そこを見て気付いてもらいたかったよね。

( T_T)\(^-^ )


カウンセリングを受けようと行動を起こすには
それ相当の勇気が必要だと思います。
その勇気、私は歓迎いたします。(^^)

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