自分を責めることで、何とか立っていられるときがある
前回の記事「喪失感|大切な人を失ったあとも、時間は進んでいく#456」で
「もし今、深い悲しみの中にいる人がいたなら
どうか自分を責め続けないでほしい」
と書きましたね…
人はそんな簡単に 自分を責めることをやめられるわけではない。
むしろ、自分を責めることで 何とか立っていられるときだってあります。
受験に失敗したとき。
希望する就職先に決まらなかったとき。
大切な人を傷つけてしまったとき。
本当は素直になりたかったのに自分のプライドが邪魔をしてしまったとき。
人生には 「あの時こうしていれば…」と思う場面がいくつもあります。
(後悔のない人生はないからね…)
そして人は その出来事のあと
自分を責めます。
「あれは私が悪かった」
「私のせいだ」
「あんな言い方をしなければよかった」
何度も何度も同じ場面を思い返しては
自分を責める。
でも私は、それら全てを「やってはいけないこと」だとは思っていません。
とても苦しい時間ではあるけれど
人はときに 自分を責めることで何とかその場所に立っていられることがあるからね。
トンネルの中にいるような時間
人が自分を責めているとき
その時間はまるで「トンネルの中にいるような感覚」なのだと私は思います。
(人によっては別の感覚もあると思いますが)
周りが見えない。
暗い。
歩いているつもりでも本当に進んでいるのか分からない。
景色も変わらない。
だから
とてつもなく長い時間が流れているように感じる。
ただ何とか立っている。
ただ何とか生きている。
大きな衝撃的な出来事が自分の身に起きたとき
そんな時間を人は過ごす人もいると思います。
私の場合で言うならば
まるで何事もなかったかのように日常を過ごせる日もあれば
突然何も手がつかなくなって動けなくなる時もあれば
外に出たくない
誰とも接触したくない
私に触れないでほしい
生きてるかどうか、元気かどうか、探るような電話もしてこないでほしい
一度顔を見せにきなさい。的なメッセージを潜らせてこないでほしい。
とにかく、放っておいてほしいかったんですね。
周りのそういう行動が余計に私を暗闇に押し込めていた。
(人にせいにしてますけど!笑 それで、ええねん!)
そんな感覚でした。
それでも光が差し始める瞬間がある
けれどある時
そのトンネルの中での時間が
少しずつ終わっていく瞬間がやってます。
それが
光が差し始めたときなのかもしれません。
最初は本当に
小さなきっかけです。
誰かとの出会いかもしれません。
何気ない言葉かもしれません。
カウンセリングの中で
ふとした気づきが生まれることもあります。
今までなら何も感じず気がつくこともなく
通り過ぎていたことに
少しだけ心が止まる。
その風景が目に入ってくる。(見ることができるようになる。)
そんな小さな変化が
少しずつ増えていく。
最初は、ただの石ころに見えることもある
回復は、静かに始まっていく
何度も似たような出来事や言葉に出会うと
人は少しずつ
気づいていくことがあります。
けれどその時
人は最初から、それを「助け」だと気がつける人は少ないと私は思うのです。
傷ついた後ですから
警戒することもあるでしょうし
そう簡単には信頼できないこともあるでしょうしね。
だから
最初は「何だこれ?」と思うような
ただの石ころのように見えてスルーしてたけど
歩いているうちにまた似たような石ころが目に入ってくる。
すると今度は
「ちょっと眺めてみようかな…」
と思えるかもしれない。
そしてまた出会ったとき今度は
「ちょっとだけ触れてみようかな」
に変わるかもしれない。
そんなふうに人は少しずつ
”重なりに出会うたびに”
自分を支えてくれるものや
差し出されてた手に気づいて
受け入れ
受け取れるようになっていく…のだと思います。
自分を責める時間は回復のプロセスの一つ
だから私は後悔することも自分を責めることも
その時間はその人が回復するための必要な時間なんだと。
自分が子供を亡くした時の経験から思います。
その自身への責めは
むしろその人がそれだけ真剣に生きた証でもあるのだと思います。
責めることで崩れ落ちないようにしていることもある。
責めることでしかその出来事と向き合えない時期もある。
そんな時間があってもいいのだと思います。
だから私はここにいようと思う
私は カウンセラーという立場でトンネルの途中にいる人と出会うことがあります。
周りが見えないほどの暗闇の中で、それでも何とか立っている。
そんな姿を見ると胸がぎゅっと締めつけられる思いになることがあります。
だから私は思う。
その人の旅を一人にすることなく、とことん付き合いますよ。
どんなペースで歩くとしても
その人の歩幅を大切にしながら、一緒に歩く。
そんな気持ちで
私はここにいます。
もし今
暗いトンネルの中にいると感じている人がいたなら
どうか自分を見捨てないであげてほしい。
人はどんな経験を抱えていても、また少しずつ
本当の自分に帰っていく道
(自分の人生を生きるということ)
を見つけていくのだと
私は信じています。
そしてもし
その道の途中で 一人では少ししんどいと感じる時があれば
その時は
誰かと一緒に歩いてもいいのだと私は思います。
執筆:家族関係の心理カウンセラー 藤田侑杏恵(プロフィールはこちら)
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※音声配信は脱線しながらブログを読み上げて語っておりますが
ブログ記事は後日加筆修正されることがあります。



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