昨日のブログの続きとして
謝罪とは、
相手に許してもらうためのものなのか。
それとも、自分の責任と向き合う行為なのか。
昨日のブログで書きました。
(謝罪とは何か:誠実さと距離を縮めない選択#454)
今日は、その続きとして
ある関係の終わり(終演)について書こうと思います。
もし今、関係の中で苦しんでいる人がいるのなら
「さぁ、お家に帰ろう。
本来いるはずの場所へ。」
家族でも仲良くしなければいけないわけではない。
たとえ家族であっても
仲良くしないといけないわけではありません。
家族なのに
あなたを陥れ
あなたを利用し
あなたを悪者にすることで
自分を優位に立たせようとし続ける人のために
あなたが
引き立て役で居続ける必要はありません。
もう
その役割から静かに降りて良い。
謝罪が起きない理由
相手が謝罪できない(しない)のは
謝罪をしたとしても
関係性が元の望む形に戻らないと悟ったからかもしれません。
昨日のブログでも書いたように
自分のしてきた行為の責任を
引き受けることができないからかもしれません。
自分が悪いとわかっていても
プライドが邪魔をして
謝罪できないのかもしれません。
あるいは
膝を突き合わせて
対等な立場で
自分に非があったところを改め
誤解していた部分を認め
「私もあなたをこう思ってきた」と伝え
お互いに謝り合う。
そんな姿を
想像することすらできないのかもしれません。
私の中で起きたこと
私は…
自分だけのことなら
まだ良かったのです。
けれど
私の大切な者を振り回し
巻き込んだ形が
大人として
どうしても許せませんでした。
そこだけは
何があっても譲れない。
境界線を認識し
境界線を持てていたなら
本来、そんなことは
できないはずです。
たとえその時
境界線というものを知らなかったとしても
私達は生きていく中で
様々な経験をし
学び
成長していきます。
その道の途中で
「自分の行い」を振り返ることができたなら
謝罪せずにはいられない。
少なくとも
私ならそう思います。
だから、「許さない」と。
そもそも根本的に
会い入れない部分があるのだと思いました。
距離を縮めるつもりはありません。
そして、そう思えた時、心の中で、この関係は
ジ・エンド
になりました。
まるで映画が終わってカーテンが左右から閉じられていくように。
カウンセリングという場所
誤解しないで欲しいのですが
私は
「家族と縁を切りなさい」
そんなことを
勧めているわけではありません。
自分を守ること。
自分に正直であること。
誤解があるなら
解きたいと願うなら
それを応援する。
心から詫びたいと思うなら
それも応援します。
けれど
「あの舞台に戻りたくない」
そう感じる自分の気持ちを押さえ込み
家族なのだから許さなくちゃ
家族なのだから仲良くしなくちゃ
そう思ってしまう人がいるなら
その
「戻りたくない」
という正直な気持ちを
大切にしてほしいと思うのです。
カウンセリングという現場は
ある意味
とても生々しく
カウンセリングルームを一歩出れば
なかなか通用しないような
世間では、はばかられるような感情を
扱う場所でもあります。
だからこそ
安心して話せる場所でありたい。
…と私は思っています。
世間では
一般常識では
そんなものは
ここでは一度横に置いていい。
自分の心に
正直でいられる場所で。
けれど
最初から正直でなくてもいいのです。
ここは
少しだけ
異世界のような場所ですから。
でも
そんな場所もあるのだと
知るところから始めてもいい。
私自身が
カウンセリングという場所で
助けられてきたからこそ
この場を
提供し続けていきたいと思っています。
最後に私からあなたへメッセージ
今、継続でカウンセリングに来られている方も
そして
これからカウンセリングを受けようか悩んでおられる方に向けて…
私はこの件について区切りができたとき
心静かに、こんな感覚になりました。
長い物語が終わり
静かに幕が降りた。
そんな感覚でした。
そして私は
「さぁ、お家に帰ろう!」
「本来いるはずの場所へ。」
…そう思えました。
もし今
似たような物語の中で苦しんでいる人がいるのなら
あなたもいつか
自分のお家に帰れる日が来ると思います。
そしてもし、その途中で
誰かと一緒に歩きたいと思ったときは
私達はいつだって
あなたが自分のお家に帰るお手伝いができることを
歓迎しています。
さぁ、お家に帰ろう
本来いるはずの場所へ…
執筆:心理カウンセラー(対人関係専門) 藤田侑杏恵(プロフィールはこちら)
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それぞれだけど
カウンセラーは常にクライエントさんの「今」に注目し
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参考になれば幸いです。
※音声配信は脱線しながらブログを読み上げて語っておりますが
ブログ記事は後日加筆修正されることがあります。



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