夫婦になっても自由でいていい。でも、責任まで手放していいわけではない #476

夫婦になっても、一人の人間として自由でいていい

前回の記事では、
「相手に変わってほしい」と願うことは、すべて依存なのか。
という問いについて考えました。

相手を自分の思いどおりに変えようとすることと、
安全や尊厳、共同生活を守るために、必要な変化を求めることは違う。

そして、困っていることを伝えられる前と、伝えられた後とでは、
同じことを繰り返す意味も変わってくる。

そんなことを書きました。

→前回の記事はこちら
「相手に変わってほしい」と願うことは、すべて依存なのか #475

今回は、その続きとして、
夫婦になっても、一人の人間として自由であること。
そして、
夫婦や家族になったことで生まれる責任について、考えてみたいと思います。

夫婦になったからといって、
何もかも相手に合わせなければならないわけではありません。

どこへ行くにも許可を取り、
自分のしたいことを我慢して、相手の機嫌を見ながら生きる。

それが夫婦になることではないと、私は思います。

結婚しても、一人の人間として、自分の気持ちや考えを大切にしていい。

一人で過ごす時間が必要な人もいるでしょう。
それぞれが、友人との時間や趣味を大切にしている夫婦もいます。
家計を別々に管理している夫婦もいるし、
出かける場所を細かく伝え合わない夫婦もいるでしょう。

お互いがその形に納得していて、
どちらも困っていないのなら、それでいいのだと思います。

今回の記事も、
「夫婦なら、必ずこうしなければならない」
という正解を示すものではありません。

私が今回考えたいのは、

・一方は自分の好きなように過ごせている。
・けれど、もう一方はそのことで困っている。
・相談してほしい。
・必要なことは共有してほしい。

そう伝えているのに、

・「束縛されたくない」
・「自由を奪われたくない」
・「いちいち報告したくない」
・「指図されたくない」
・「俺に命令するな」

と、受け取られてしまう。

けれど、本当は束縛でも、命令でもない。
共同生活に必要な相談や共有を求めているだけなのに、
話がすり替わってしまうことがあります。

今回は、そんな関係について考えてみたいと思います。

自由であることと、責任を引き受けないことは違う

夫婦になっても、自由であっていい。
けれど、ここで大切にしたいことがあります。

自由であることと、
夫婦としての責任を引き受けなくてもよいことは、
同じではありません。

夫婦になることは、自分を失うことではありません。
でも、一人で暮らしていた時と同じように、
何も相談せず、何も伝えず、
すべてを自分だけで決めていいということでもありません。

一緒に暮らす人ができれば、自分の行動が、相手の生活にも影響するようになります。

たとえば、夕食を用意してくれている人がいるのなら、
同僚との付き合いで食べて帰る時には、夕食がいらないことを伝える。

これも家庭によって、いろいろだとは思います。

連絡がなくても気にせず、
その人が食べるはずだった夕食を捨てる人もいるかもしれません。

それならばと、
翌日のお昼に食べる人もいるでしょう。

ちなみに私なら、連絡してこなかった人の夕食は、
翌日の夕食として、もう一度出します(笑)
刺身なら、漬けにして出してやります(笑)

いつまでも怒りながら待ち続けるより、これはこれで、
私が自分の中で折り合いをつける方法の一つです。

でも、だからといって、
「連絡しなくてもいい」
という話ではないんですよね。

相手が食事を用意していると分かっているなら、いらないことを伝える。
それは、相手が使った時間や手間を、大切に扱うことでもあると思います。
ここ、雑に扱っていい話ではありません。
もちろんどうしても連絡できない状況の時もあるでしょう。
そんな時でも後から「連絡できなくてごめんね。」と伝えることはできると思います。

遠方へ出かけたり、何日か家を空けたりするのなら、
行き先や宿泊先、連絡方法を伝えておいた方がいいこともあります。

それは、
出かける許可を取ることではありません。
行動を監視されることでもない。
何かあった時に、連絡が取れるようにしておくこと。
家に残る人が、何も分からないまま困らないようにすること。
家族として、必要な情報を共有することです。

夫婦になっても、自分の時間や自由を大切にしていい。

けれど、一緒に暮らしている相手が困っていると伝えているのなら、
「自分には必要ないから」
だけで終わらせていい話ではないと、私は思います。

必要な連絡や相談は、相手の許可を取るためのものではありません。

相手の時間や手間、生活を雑に扱わないために必要なことでもあります。

最初から、夫婦として何を共有する必要があるのか、
すべて分かっていなくてもいい。

大切なのは、相手が困っていると知った後に、どうするかです。

「自分にとっては普通だったけれど、あなたは困っていたんやな」

と一度立ち止まり、二人に合う方法を考えていく。

それも、夫婦としての責任を引き受けることの一つではないでしょうか。

夫婦になっても、一人の人間として自由でいていい。
けれど、夫婦になったことで生まれた責任を相手に背負わせたまま、
自分の自由だけを守ることを、私は自由とは言わない。

次の記事では、私たち夫婦に実際にあった出来事から、
「私が『行き先を教えて』と言った理由」
について書きたいと思います。


執筆:奈良県生駒市の心理カウンセラー 藤田侑杏恵

夫婦の間では、相手を管理したいわけではなく、
必要な連絡や相談を求めているだけなのに、

「束縛されたくない」
「命令されたくない」

と受け取られてしまうことがあります。

夫婦関係のカウンセリングでは、夫と妻のどちらが正しいのかを決めるのではなく、

お互いが何を求めているのか。
何に困っているのか。
どこで話がすれ違っているのか。

そんなことを、一緒に整理していきます。

奈良県生駒市のカウンセリングルーム「温もりを求めて」では、
夫婦関係・親子関係・人間関係などのご相談をお受けしています。

ご相談をご希望の方は、お問い合わせページより空き状況をご確認ください。

プロフィールについては、こちらにまとめています。
プロフィールはこちら

著作権について

本記事に掲載している文章等の著作権は、藤田侑杏恵に帰属します。
法令上認められる引用の範囲を除き、無断転載・複製・改変はご遠慮ください。
引用の際は、引用部分を明確に区別したうえで、記事名・サイト名・URLを明記してください。
なお、引用される際は、当方までお知らせいただけますと幸いです。

本日の音声配信 stand.fm


文章を読むより、耳から聴く方が入りやすい方へ。

夫婦になっても、一人の人間として自由でいていい。
けれど、必要な連絡や相談まで、

「束縛されたくない」
「いちいち報告したくない」

と退けてよいのか。

今回の記事で書いた、夫婦の自由と責任について、stand.fmでもお話ししています。

文章とは少し違う言葉や間でお伝えしていますので、
家事をしながら、移動しながらなど、聴きやすい時にお聴きください。

※音声配信は、記事公開時点の内容をもとに収録しています。
ブログ記事は、その後加筆・修正することがあります。


コメント