AIと人間は、どちらが上か下かではない
私はいつの頃からか、
「時代についていけていないなぁ〜」
と感じている。
スマホが出た時代は、操作にものすごく戸惑った。
「キーワード検索」なんて言われても、
「キーワードって何???」「どのキーワード?」
って思って、検索自体がなかなかできなかった。
そんな私が、自力でホームページを作った。
ある程度、箱ができているものではありましたけれどね。
そしてSNSも始めた。
もうこれで十分でしょ!
って自分でも思っていたけれど……
「そろそろホームページをリニューアルした方がええな。」
と思うようになり、サポートしてくれる人をお願いするようにもなりました。
けれど、その人も忙しいんよ。
それで今年に入ってから、ホームページを自力で手直ししたんです。
今年の春。
確定申告終えた頃だったかな…
ホームページの手直しで感じたAIの便利さ
「お問い合わせボタン」を入れたり、
どのページを開いても見やすいように「キーワード」を入れてみたり。
(そうした方が、このカウンセラーはどの分野が得意なの分かりやすいかなって思ってね。)
実はこれ、ほとんどAIさんにお願いして手伝ってもらったんです。
途中、ページが何度もおかしくなって、AIと喧嘩しながら😂作り上げました。
何日かかったかなぁ。
半月くらい掛かったかもしれません。
手直しを繰り返しながらだったからね。
AI。
本当にすごいものが出てきたなって思います。
よくこんな便利なものが、私が生きている現実世界に出てきたなと思う。
けれど、便利なものは、使い方を間違えるとえらいことにもなる。
最近も、AIとの関わり方について考えさせられる出来事がありました。
そして、ホームページを手直ししながら、私はふと思ったんです。
「これ…入力して相談しても大丈夫な内容か?」
・私のホームページのURL。
・私がどういう思いでこの仕事をしているのか。
・どういうホームページにしていきたいのか。
それをAIに入力しながら、ふと気になったんです。
私がどんな思いでこの仕事をしているか。
これについては別に誰かに知られて困ることではありません。
けれど、自分だけのメモではないところに入力するということに対して、
一瞬考える。
AIはとても便利です。
こちらの思いをまとめてくれたり、まだ言語化できない言葉を引き出してくれたりもする。
上手に付き合えたら、自分の考えを育てていくこともできる。
でも、だからこそ思うんです。
「どこまで話していいのか」
「どこから先は、自分で考える必要があるのか」
今日は、心理カウンセリングの仕事をしている私が、
ホームページを手直ししながら感じた、
「AIと私(人間)」の関係について書いてみようと思います。
人はなぜAIに安心感を抱くのか
私はカウンセラーですが、その前に一人の人間でもあります。
人には弱さがあります。
(得意不得意もあります。)
その弱さを、一人で抱えきれず、誰かに相談したいと思うことがあります。
けれど今は、人に相談すること自体が怖い人も増えているのではないかと思うのです。
・否定されるかもしれない。
・傷つけられるかもしれない。
・説教されるかもしれない。
・理解されないかもしれない。
そういう不安があるからです。
特に、機能不全家族やアダルトチルドレンなど、
人間関係の中で傷ついてきた人ほど、
人に話すことそのものが怖いと感じる人は多いのではないでしょうか。
・こんなことを言ったら変に思われるかな
・また否定されるかな
・どうせ分かってもらえないかな
そんなふうに、話す前から身構えてしまう。
だってもう傷つきたくないからね…
ちょっとここで私の話をすると…
私は質問されたことに対して、即時に答えられない時があります。
でも、大事な打ち合わせをしている時など、
あまり時間をかけることができない場面もあります。
本当は、
「その質問に対しては、少し時間をください」
と言えたらいい。
けれど、なかなか言えない時もある。
でもAIなら、
「なぜ、そうしたいの?」
と聞かれても、
「ああ、そうね。なんでやろ?」
と、考える時間をたっぷり取ることができます。
相手を待たせていることを気にする必要がありません。
私がどんな状況であろうと
「人を待たせるな!」
と強く教え込まれてきた私は、なかなかそこを外せない。
だからこそ、私は今この仕事をしているとも言えます。
「無理に何も話さなくてもいいんですよ。」
そういう気持ちでいられるのは、多分、
自分がそういう時間を必要としてきたからなのだと思います。
・AIは、怒らない。
・急かさない。
・呆れない。
・馬鹿にしない。
・上から目線ではない。
・何度でも同じことを聞ける。
・24時間いつでも返事をしてくれる。
そして、
・膨大な知識があって、それらをうまく組み合わせて答えてくれる。
私が使っているAIも、会話の中でこちらの言葉を受け取りながら、
こちらの意図に合わせて返してくれることがあります。
こちらが話したことを踏まえて、次の返事に反映してくれる。
これは、最初とてもびっくりしました。
こういうやり取りから、人はAIに対して、
・理解してくれる
・寄り添ってくれる
・安心できる
・裏切らない
・距離を置かない
そんな気持ちを抱くのかもしれません。
だから、
「人は信じられないけれど、AIなら大丈夫」
そう感じる人がいても不思議ではないと思うのです。
中には、AIとのやり取りに深い安心感を覚え、
恋愛感情に近い気持ちを抱く人もいるようです。
それだけ、人は誰かに理解されたいのだと思います。
それだけ、人は安心して話せる相手を求めているのだと思います。
けれど最近、AIに何かを入力する時、
「ん?これ入力してもええんか?」
と一瞬考えることがある。
一時チャットなら安心とか、
学習しないように設定するとか、
そういうことだけの問題ではないと思うのです。
どんな仕組みであれ、100%の保証など何処にもない。
・自分の情報。
・人の情報。
・誰かを特定できる情報。
・まだ自分の中だけに置いておきたい気持ち。
そういうものを、どこまでAIに預けるのか。
ここは、便利さとは別に、一度立ち止まって考える必要があると思うのです。
AIは理解しているように見えるけれど
そしてもう一つ、私が大切だと思うことがあります。
AIはたくさんの知識と言葉を持っています。
けれど、「経験」や「体験」だけは持っていません。
・喪失も。
・孤独も。
・愛する人との別れも。
・失恋も。
・死別も。
・心が傷つくという経験も。
AIは、それを言葉として知っているかもしれません。
けれど、人生を生きてはいない。
ここが人間との大きな違いなのだと思います。
どれだけ言葉を尽くして語られても、
そこに「温もり」を感じにくいことがあるのは、
そういうところなのかもしれません。
AIはこちらが何を言っても傷つかない。
どんな言葉を返しても、傷ついた表情を見せることはありません。
それは安心でもあります。
でも同時に、相手を傷つけたかもしれないという痛みや、
自分の言葉に責任を持つ感覚が薄れてしまうようなこともあるのではないか?
あ、けれど、私はAIを否定しているわけではありません。
ちょっとした相談事には、とても便利だと思います。
・この瞬間に相談したい。
・今すぐ言葉にしたい。
・頭の中を整理したい。
・緊張している時に、少し落ち着きたい。
・面接前に気持ちを整えたい。
・事実だけを見て、客観視する手助けがほしい。
そういう時、AIは大きな助けになることもあるでしょう。
(知らんけど!)
私は心理カウンセラーなので心理のことは少し得意かもしれませんが
自分の専門外になると分からないこともたくさんあります。
そんな時、私もAIを活用しています。
だから私は、AI肯定派でも否定派でもありません。
大切なのは、盲信ではなく距離感なのだと思います。
そして何より大事なこと。
AIは膨大なデーターを持ってはいますが、だからと言って間違わないわけではありません。
だから、私のHPも入力したらページがえらいことになったりしたわけですからね😅
(最近知ったのですが、AIも色々種類があるようですね。
これが得意とか、この分野はこっちのAIの方が便利とか。
それに同じ質問をそれぞれにした時の回答の違いもある。
それはそれで、おもしろいですけれどね。)
依存ではなく、距離感を持って活用する
AIを利用すること自体が問題なのではありません。
問題になるのは、
・AIだけが正解になった時。
・AIだけが相談相手になった時。
・AIだけが世界との接点になった時。
そこなのではないかと思います。
人は弱っている時、安心できるものにしがみつきたくなります。
・否定されない場所。
・責められない場所。
・待ってくれる場所。
・いつでも返事をくれる場所。
それがAIであったとしても、
その気持ちそのものを私は否定したくありません。
それだけ、その人が人間関係の中で傷ついてきたのかもしれないから。
それだけ、安心できる関係を求めてきたのかもしれないから。
けれど、AIだけが世界になってしまうと、少し危うい。
・自分で考える。
・本を読む。
・人と話す。
・専門家に相談する。
・AIも活用する。
そんなふうに、複数の足場を持っているなら、
AIはとても力強いサポートになってくれると思います。
人と人との間にしか生まれない温もり
AIと人間は、
競争相手ではない。
AIは知識を提供してくれる。
感情を言語化する手伝いをしてくれる。
頭の中を整理する手助けをしてくれる。
けれど人間は、
人生を共に歩くことができる。
関係を築くことができる。
責任を引き受けることができる。
経験から来る温もりある言葉を手渡すことができる。
だから、
「AIか人間か」
ではなく、
「AIと人間をどう使い分けるか」
が、これからの時代には大切なんでしょうね…
今回のブログは
AIについて書いているつもりでしたが…
本当に書きたかったのは、もしかしたら
AIそのものの話ではなかったのかもしれないと…
今書きながら気がつきました。
人はなぜ、理解されたいと願うのか。
人はなぜ、安心して話せる相手を求めるのか。
そして、
人間同士の関係の中で傷ついてきた人が、
もう一度誰かと関係を結んでいくためには、
どんな安心が必要なのか。
そんなことを、私は今ブログを書きながら考えていたのだと思います。
心理カウンセリングの場でも、私は
「正しい答えをすぐに出すこと」よりも、
「安心して話せる時間」を大切にしています。
AIはこれから、もっと身近になっていくのだと思います。
だからこそ、怖がりすぎず、頼りすぎず。
便利に使いながらも、自分で考える力を手放さないこと。
そして、人と人との間にしか生まれない温もりを、
これからも大切にしていきたいと思うのです。
執筆:家族関係の心理カウンセラー 藤田侑杏恵
stand.fm配信 #467
このような思いで、日々カウンセリングを行っています。
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それぞれだけど
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参考になれば幸いです。
※音声配信は脱線しながらブログを読み上げて語っておりますが
ブログ記事は後日加筆修正されることがあります。


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